旧舎、昔の出で立ちそのままに(旧差木地村役場庁舎)
令和3年5月18-20日。
雨が続き、西日本エリアが梅雨入りしたので、こちらもいよいよかな?と
構えていたものの、まだ梅雨入りは先のようです。
今年に関していえば、西日本がだいぶせっかちなだけかもしれません。
たしかに、まだ梅雨入りしていないだけあって、晴れて、しかも涼しい日もあります。
ちょっと体がついていくか心配です。
今回は、歴史的な意味を持つ建物のお話です。
TOPIC No.166
「旧差木地村役場庁舎」
休日、差木地地区を散策していたところ、気になる門構えを発見しました。
どことなく格式高く、威厳のある、そんな雰囲気を放っています。
奥には、なまこ壁が見えます。やはり、”この門にして、この建物あり。”的な
伝統のある建物なのでしょうか?
なまこ壁
土蔵などに用いられる、日本伝統の壁塗りの様式の一つで、その壁をも指す。壁面に平瓦を並べて貼り、瓦の目地(継ぎ目)に漆喰を蒲鉾形に盛り付けて塗る工法によるもので、目地の盛り上がった形がナマコ(海鼠)に似ていることからその名がある。
Wikipediaより引用
奥まで進み、建物の近くまで来てみました。
んー、公会堂とかそういう類の用途なのかな。
地域の人たちが集まるこういう建物、ありますよね?(伝われ!
とはいえ、正面には、説明看板が立っていたので、ただの建物ではないのでしょう。
とりあえず読んでみました。
旧差木地村役場庁舎
この建物は、東京府大島差木地村役場庁舎として大正2年総工費1,200円をもって建築された。
昭和28年町村合併促進法が施行され、以来昭和39年まで町役場差木地支所として、以後は、差木地公民館の完成により、支所としての役目を終え地域住民の憩いの場として使用されてきた。
町は、旧町役場として残存する唯一の建築物として保存するため、平成2年3月総工費1,400万円をかけ修復した。
建物総面積は152.平方米(約46坪)
大正2年時点の戦前基準指数が0.467、令和2年時点の同指数が675.7、
675.7(令和2年)÷0.467(大正2年)=1,446.89....
と考えるとだいたい1円当たり1,500倍の価値で、計算すると
1,500×1,200=180万円?(あれ、そんなに高くなさそうに感じる)
それを平成の時代になって、1,400万円かけて修復したっていうから圧巻です。
いかに大切に保存しようとしたかが額面から推測できますね。
気になる内装は今もなお健在なのでしょうか?気になったので窓から覗いてみました。
おぉー。木の廊下!昔ながらのTHE玄関の作りです。引けばガラガラと音を立てながら開きそうな半分ガラスの戸も味が出てますね!
一番大きい部屋も外から見てみました。
机に畳、壁に飾られた写真や賞状の数々。地域の人々が利用してきた跡が、残っています。
正直、今でも定期的に使われているんじゃないか?と思うくらいには綺麗です。
裏側に回れば、湯茶飲み場がありました。
無造作に重ねられた調理器具や干された雑巾、こうした情景を見るとまるで止まった時間が動き出しそうなそんな気持ちにすらさせられます。
外観を一周して、特にこれといったものはありませんでしたが、大正時代の建物が、ほぼ昔の出で立ちそのままに残っていること自体が凄いんですよね。
令和の時代になっても、こうして大正の雰囲気を少しでも感じられたので、良い寄り道になりました。
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さて、明日も頑張っていきます。🐟
本日のハロプロソング ― モーニング娘。'21『このまま!』